2016年12月26日 数学界の重鎮 (数学者の森重文 氏 フィールズ賞を受賞) がかけ算の順番問題に言及「減点はとんでもない話」


 25日放送の「林先生が驚く初耳学!SP」(TBS系)で数学者の森重文氏が、小学校教師の算数に対する指導を一刀両断した。



 番組では、MCの林修氏が選んだ今年の10大ニュースのひとつに、11月にネット上で大論争に発展した小学校の算数の答案用紙を取り上げた。ネット上で話題となったのは、「3.9+5.1=」という小学校3年生で習う小数の問題。児童が「9.0」と解答したところ「9.0」の「0」に斜線が引かれて減点され、「9」とするのが正しいと指導がなされていたのだ。

林氏は「相当大きな問題だと思っています」と指摘し、指導する教師が数学の本質を分かっていない可能性がある、とその適性を疑問視した。

林氏はこの問題に決着をつけるべく、高校の先輩でかつて数学の権威であるフィールズ賞を受賞したことのある森氏のもとを訪れた。森氏は小数の「9.0」の解答について「出来るだけ簡潔な表現をしろ」という条件付きならば減点はあり得るとしながらも、条件なしでの減点はないと断言。森氏は「(9.0で)何がいかんのだ?という感じ」だと、その採点に首をかしげた。

続いて、林氏は直方体の体積の求め方に関して「縦×横×高さ」の順番を入れ替えるだけで減点されることに対して言及。森氏は、歴史上の数学者がかけ算の数字を入れ替えたことで偉業を成し遂げたエピソードを織り交ぜながら「(数字を)どう入れ替えても体積が変わらないのが大事」だとし、「減点はとんでもない話」だと結論づけている。

このような不可解な採点方法が蔓延していることについて、森氏は「教えるほうに自信がないと形式を整えたくなるのかもしれない」と教師の質の低下を指摘し、「数学を教えている先生が数学を好きじゃなかったら悲しい。そこは心配」だと懸念した。

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林修が小池百合子都知事と“初耳”だらけの対談に挑む!


12月25日(日)放送の「林先生が驚く初耳学!SP」(TBS系)で、林修が独自の目線で選んだ'16年の10大ニュースを発表。「初の女性都知事誕生」のニュースでは、林と小池百合子都知事の対談が実現した。

全国1億3000万人から募集したえりすぐりの知識を林に出題。物知りの林ですら知らなかったものを“初耳学”に認定していくバラエティー。

今回は、好奇心や知識欲の旺盛な林先生が独自の目線で選んだ'16年の10大ニュースに関連する問題を集めて出題する2時間スペシャル。ことしを象徴するさまざまな出来事にまつわる“初耳学”候補が登場する。

林が気になっていたニュースには、8月に開催されたリオオリンピックや11月にネットで話題になった、“算数の答案用紙”、そして「初の女性都知事誕生」などが挙げられた。

リオオリンピックのニュースでは、柔道女子銅メダリスト・松本薫選手が登場。人気ドラマ「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)のモデルになった日本女子柔道選手の存在を明らかにし、その意外な人物にスタジオ中が驚く。

また、11月にネットに上がった1枚の小学生の算数の答案用紙から火がついた算数論争に、林は「大きな問題だと思います。この番組で決着をつけたいくらい」と強い思いを語る。

答案に書かれた「3.9+5.1=9.0」の採点を巡りネット上で、大論争が展開されたが、この論争に決着を着けるべく、林が「この問題に答えるのに日本で最もふさわしい!」とラブコールしたのは、数学のノーベル賞といわれる「フィールズ賞」を受賞した数学者・森重文先生。小学生の解答は正解か、それとも減点なのか、日本一の数学者が断言する結論を聞くべく、林が直接森先生に問う。

そして、「初の女性都知事誕生」では、築地市場移転問題や2020年東京オリンピック会場見直し問題などの大きな課題を抱えながら、どう東京都のかじを切るのかが注目される小池都知事と林が3年ぶりに顔を合わせることに。「お答えできません」と言われること覚悟で体当たりで挑んだ対談では、林も“初耳”の注目発言も続々飛び出す。

さらに、スタジオでは新木優子、梅沢富美男、上白石萌音、佐野ひなこ、澤部佑、田村淳、中島健人、ホラン千秋、若村麻由美が林にとっておきの知識を披露し、年内最後の“初耳学認定”を目指す。

‘16年、知識の総決算。林&小池都知事の対談や日本一の数学者の見解、リオオリンピックメダリストのとっておきの知識など、気になる情報満載の“初耳学”は見逃せない。

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参考 

 森重文 教授のエピソードなど


祝! 1990年8月21日 「3次元の代数多様体の極小モデル証明」 フィールズ賞を受賞 森重文 教授

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森重文先生のエピソード

逸話

「数学のたのしみ」で、森重文氏 の回想録が出ていた。中・高校時代から大学卒業後までの森氏の数学とのかか わりが語られていて、そこには恐るべきことが極めてさりげなく書かれている。 例えば、大学3回生ぐらいの頃、森氏は当時京大の助教授をされていた土井公二先生のところに入りびたり、「代数をやりたい」と申し出た。で、土井公二先生は、 将来代数をやるにはこの本を読めと、色々紹介されたという。そこまではいい。 しかし、それからが恐ろしい。1~2ヵ月後読み終わりましたと土井公二先生を訪ね ると、また別の本を紹介される。そういう事が何回か繰り返された。結局それ は将来代数幾何をやるにも数論をやるにもどちらにも必要な内容だったという。 どういう本なのか土井公二先生に聞いたことがある。「数学者アンドレ・ヴェイユ(1906~1998)が書いた「Basic Number Theorem」や主著に三部作『代数幾何学の基礎』(1946 )、『アーベル多様体と代数曲線』(1948)、『代数曲線とそれに関連する多様体』(1948 )など、らしい。数学の専門書を1~2ヵ月で読破するのはマトモではない!(定期試験のやっつけ勉強とは訳が違う。)回想録にも登場する某先生が他の所で書いていたが、学生時代の森氏に対しては「数学書を読むのが 異常に速いという印象を持った」そうである。この回想録には、他にも恐ろしい話が随所に見られるが詳細は省略する。

森重文氏「私の受験の頃は東大紛争で東大入試が無かった。京大教養部も封鎖。京大の入学式もは、全共闘の連中が突入してきて1分で終わった。同年十月に教養部授業の再開した。そのような時期であった」
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森重文氏「2回生後期からは、土井公二先生の代数学の講義。朝行くとまず土井先生の研究室に行く。先生との日常的なやり取りの中で、代数、幾何、数学の事が少しずつわかるようになってきた。この頃丸山正樹先生にも出会った」
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森重文氏「助手時代、土井先生にSeveriの問題を教えてもらい、それを解決して博士論文を作成。当時はこのようなキャリアが許された。ある意味鷹揚だった。その後、ハーツホーン予想を隅広先生と共同研究。アナログとデジタルが融合できたという印象」
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Q「代数幾何を専攻すると決めた理由、例えば解析などに心が揺れなかったのか」森重文氏「整数論と代数学かで悩んだ。土井先生は整数論の先生。『代数幾何の基礎』という本を進められ、二回生くらいで読み終え、先生のところに行くと次の本、また次の本と読み進めた」
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1969年に東京大学の入試が中止されたため、京都大学に進んだ。このためフィールズ賞受賞時は「あのとき東大に進んでいたらフィールズ賞受賞はなかっただろう」と『科学朝日』で報じられた。
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学生時代、指導教授からある数学書を薦められると1~2ヶ月ほどで「読みました」と戻って来てしまい、次の数学書を薦められてはまた同じことを繰り返した。「数学書を読むのが異常に速い」学生として強烈な印象を与えていたという。
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大学時代は全問正解しても80点しかくれない教授の試験で120点を取り続けた。
『大学への数学』という受験雑誌の学力コンテストで1年間ほぼ連続満点を続けた伝説の人となり、編集部が森君の答案を楽しみにしていた。
東京大学物性研究所教授の高田康民は、京大では数学志望だったが、同級生の森重文と比べて自分の数学的才能に自信を持てなくなり、翌年東大に入学し直し、物理学志望に変更した。
高校の時に大学の内容を進んで学んでいたりはしていなかった。大学での数学に触れたのは大学に入ってからである。
広中平祐は「自分は鈍才だが、森君は天才」という。
謙虚な人柄で、「3次元代数多様体における極小モデルの存在証明」のテーマで同賞を受賞したことについて「応用がものすごく広がったが、私が貢献したのはごく一部。周りの皆さんのおかげ」という。

学生時代、指導教授からある数学書を薦められると1~2ヶ月ほどで「読みました」と戻って来てしまい、次の数学書を薦められてはまた同じことを繰り返した。「数学書を読むのが異常に速い」学生として強烈な印象を与えていたという。
教えていた数学の教師が、高校卒業後も『彼はやがてノーベル賞をとる』と言い続けていた。
フィールズ賞受賞の4年前に他の分野で既にフィールズ賞候補になっていてその時は取れなかったが、競争相手が多いメジャーな別の分野を新たに研究して、フィールズ賞を受賞した。
天才伝説については、まだ京大の助手の頃から既に轟き渡っていて、学生は「森先生は今は『重文(重要文化財)』だけど、いつか国宝になるんだろうな。『森重文』改め『森国宝』!なーんてね」みたいな冗談を言い合っていた。

日本の数学者
【今日の数学者】2月23日はガウスの命日であり、志村-谷山予想の志村五郎先生のお誕生日であり、フィールズ・メダリストの森重文先生のお誕生日です。

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生誕 1951年2月23日
日本の旗 日本、愛知県名古屋市
国籍 日本の旗 日本
研究分野 数学
研究機関 京都大学
名古屋大学
出身校 東海中学校・高等学校
京都大学
博士課程
指導教員 永田雅宜
主な業績 代数幾何学
影響を
受けた人物 広中平祐
主な受賞歴 フィールズ賞(1990年)
コール賞(1990年)

学位論文
森重文『The endomorphism rings of some abelian varieties』京都大学〈博士論文(乙第3526号)〉、1978年3月23日。日本語題名『幾つかのアーベル多様体の自己準同型環』
著書
森重文『双有理幾何学』岩波書店〈岩波講座現代数学の展開第16巻〉、1998年、ISBN 4000106538。
Janos Kollar、森重文『双有理幾何学』岩波書店、2008年、ISBN 9784000056137。

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1990年8月21日 「3次元の代数多様体の極小モデル証明」 フィールズ賞を受賞 森重文 教授
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参考
2013 1010頃
数学者が読んでいる本ってどんな本 小谷元子(編集) 東京書籍 森重文 (著), 上野健爾 (著), 足立恒雄 (著),砂田利一 (著), 黒川信重 (著),小谷元子 (著, 編集), 益川敏英 (著), 野崎昭弘 (著), & 5 その他 など
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